勉強会レポート

生成AIに関するリスクの現在地
㈱電通グループ/㈱電通 主席AIマスター
児玉 拓也

生成AIのフェイク画像/動画が氾濫する時代のメディアのIP/ブランド防御

はじめに

先日、東京広告協会 法務政策委員会の皆様に向けて、「生成AIに関するリスクの現在地」をテーマとする勉強会を実施させていただきました。

私は2017年より電通グループ内のAI活用をリードし、多くの社員が所属する生成AI特化のネットワークを結成して、週次の勉強会を主宰しながら、先端技術のリサーチ、社内活用、人材育成、環境整備を推進してきました。あわせてAIガバナンスの担当として、法務・倫理・技術を横断した責任あるAI活用のディレクションを行っています。現在は電通グループの経営企画セクションに所属し、日本だけでなく世界中の電通グループ全体のAIおよびテクノロジー戦略に携わっています。

今回の勉強会では、生成AIをめぐるリスクを「テクノロジー」「法律」「非法的側面(社会・倫理)」の三つの観点から整理し、そのうえで広告会社としてAIガバナンスにどう向き合うべきかをお話ししました。本稿では、当日の内容をもとにその要点を整理します。

AIガバナンスは「トライアスロン」である

AIガバナンスとは、AIの開発と利用を倫理的・法的・社会的基準に沿って監督・管理することで、AIによる事故やAI活用に伴うリスクへの対策を行う枠組みを指します。

勉強会で最初にお伝えしたのは、AIガバナンスはトライアスロンのようなものだ、ということです。テクノロジーに関する知識、法律に関する知識、社会トレンドに関する知識、そのどれか一つに強ければよいのではなく、すべてにバランスよく対応する必要があります。しかも、この三つはいずれもリアルタイムで移り変わっていきます。「一度勉強すればOK」というものではなく、常にアンテナを張り続けることが求められる領域です。

生成ALに関するリスクの把握と予測:基本姿勢

ただし、基本的なリスクの構造さえ把握しておけば、新たな情報のインプットは格段にスムーズになります。そこで当日は、テクノロジー、法的側面、非法的側面の順にリスクの構造を整理しました。

テクノロジー:リスクは技術構成によって大きく変わる

AIガバナンスを語るうえで、テクノロジーの基本的構造を理解しておくことは必要条件です。単にルールへの適合・不適合を判断すればよいのではなく、意思決定のひとつひとつに技術への理解が求められるケースが多いためです。

たとえば、学習済みモデル自体がダウンロード可能で自由に追加学習や組み込みができる「オープンモデル」と、API経由やWebアプリ経由でしか使えず、提供者独自の倫理フィルターがかかっている「クローズドモデル」とでは、リスクの性質がまったく異なります。

昨今、特に注意を促したいのが次の三点です。

一つ目は「APIラッパー」です。大手プラットフォーマーのAPIを利用しつつ、新しい機能を加えてユーザーに提供するソフトウェアを指します。複数のモデルを一つのツールで使えるなど利便性は高い一方で、間にレイヤーが一つ増えることでセキュリティリスクは高まります。中には実質的にAPIを使っているだけの中抜きサービスや、先端サービスに似せて個人情報の抜き取りを狙ったと思われる悪質なものも存在します。新しいモデルが流行するたびに偽アプリ・偽サイトが必ず現れるため、十分なリテラシーがあれば、モデルプロバイダーのモデルを直接利用するほうが安全性は高いといえます。

二つ目は「バイブコーディング」の広まりです。コーディングアシスタントAIの発展により、ソースコードの内容を一切理解せずにアプリ開発が可能になり、市民開発が急増しています。組織の競争力を保つうえで重要な動きではありますが、セキュリティへの理解が十分でないまま開発が進むリスク、技術的負債の増大、インベントリ管理の難しさといった課題も伴います。

三つ目は「エージェントツール」です。Claude CodeやCodex、Gemini CLIなど、自律的にファイル操作やPC操作を行うツールが急速に増え、ビジネスユーザーの間でも利用が広がっています。複数のファイルやソフトウェアをまたいで操作できるため実務上は非常に強力ですが、外部からのプロンプトインジェクションやサプライチェーン攻撃によって、機密情報やAPIキーなどの重要情報が漏洩する可能性が高まっています。自律性を極限まで重視したアプリほど多くの権限をエージェントに渡すため、リスクはより高いといえます。

したがって、単に「AIで〇〇を生成することにリスクはあるか」と問うのではなく、どの基盤モデルを、どのサービス経由で、APIラッパーを介しているのか、エージェント的に動作しているのか、追加学習は何に基づいているのか、安全対策はどうなっているのか――できるだけ仔細に技術構成を知ることが、AIガバナンスを推進するうえで必要になります。

重要なポイント

法的側面:着地点が見えつつある2026年

日本では2025年5月に「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(AI法)」が成立しました。推進法的な性格が強く、ガバナンスに関しては従来の法的枠組みの中で議論しつつ、「協力義務」という形でソフトローを強化する内容です。

現在の日本の法律における主な論点は、①著作者に無断でAIに学習させることの是非、②生成物が既存の著作物に類似する可能性、③生成物が既存の人物に類似する可能性(パブリシティ権)、そして④個人情報の入出力や生成物の著作物性といったその他の論点、に整理できます。

①については、AIに学習させること自体は多くの場合「作品の創作的表現を享受すること」にはあたらないため、学習のためのデータ複製は原則として問題になりません。ただし米国の先行する裁判では、海賊版サイトから取得した書籍を汎用ライブラリーとして恒久保存した行為は、フェアユースで正当化されないとの判断が出ています(補足:Bartz v. Anthropic事件。同事件はその後和解し、2026年7月に裁判所の最終承認を受けています。なお、Kadrey v. Meta事件では、当該原告らが提出した証拠関係の下で、書籍の複製・学習利用についてMetaのフェアユース抗弁が認められました)。また日本においても、特定の作家や作品群を意図的に学習させるなど「享受目的」が混ざる場合には著作権法違反となりうるというのが現行の法解釈であり、実務上も、特定の作家や作品群をプロンプトや参考画像に入力すべきではありません。

②については、著作権侵害の成立には「類似性」と「依拠性」の双方が必要です。既存の作品を参考にせずに作成し、結果としてたまたま似たものができあがった場合は、法律上は侵害にあたりません。(補足:ただし、生成AIが既存の著作物を学習しており、その著作物に類似する生成物が出力された場合には、利用者がその著作物を認識していなくても、通常、依拠性が推認されるとの考え方が文化庁資料で示されており、注意が必要です。)

③については、専ら人物の顧客吸引力を利用する目的があった場合、人の氏名・肖像等が顧客吸引力を有し、その顧客吸引力を専ら利用する目的といえる場合には、パブリシティ権の侵害となり得ます。一方で純粋な偶然の場合の扱いや、姿だけでなく「声」の保護については、まだ判例がありません。技術の進歩により、追加学習なしでも高精度な画像・動画が生成でき、3秒程度の音声から実用的な声のクローンが作れるようになっており、声優団体が無断学習に声を上げるなど、社会的な関心も高まっています。(補足:2026年9月30日、東京地裁(髙橋彩裁判長)は、津田健次郎さんがTikTok運営会社にAI音声を用いた動画の削除を求めた訴訟で、一定の場合には人の声もパブリシティ権の保護対象となり得るとの一般論を示しました。ただし、対象動画が既に削除されていたため請求は棄却され、本件音声が実際に津田さんの権利を侵害するかは判断されませんでした。)

④については、2025年11月、生成過程で具体的な指示や多数の試行錯誤が重ねられたAI生成画像について、著作物性を認めたと思われる事件がありました。(補足:千葉県警が著作物に当たると判断し、その無断複製を著作権法違反の疑いで書類送検した事例が報じられました。ただし、これは警察の捜査上の判断であり、裁判所の判決ではありません。)「AIで生成したら著作権はないんですよね」という質問には、「人の創作的な関与の程度によっては著作物となりうるが、確定した判例はまだない」というのが現時点での回答になります。

また、日本では新聞社がPerplexityを提訴しており、利用拒否を示すrobots.txtが設定されていたにもかかわらず、記事を無断で複製・保存し、回答として送信・表示した行為が著作権侵害に当たるかが争われています。朝日新聞社・日本経済新聞社の訴訟では、両社の記事・社名を引用元として示しながら記事と異なる情報を表示した行為が、不正競争防止法上の信用毀損行為に当たるかも争点です。海外ではEU AI Actにおいて2025年8月からGPAI提供者の義務が適用され、2026年8月からは、ディープフェイクの開示などの透明性義務も適用されています。音楽領域では、大手レーベルによるSuno・Udioへの提訴が、約1年半後には一部レーベルとの和解・提携へと移行した一方、他社との係争は続くなど、事態は複雑化しています。

こうした動きを総括すると、海賊版などの違法行為を前提とした学習データ利用はNG、robots.txtやペイウォールの無視はNG、もともとの著作者の利益をどのくらい減じたかが考慮される、という形で、全体的に着地点が見えてきた印象です。一方で、米中AI競争や地政学的要素、係争中の訴訟、米国の州ごとの対応の違いなど、不確実要素も多く、引き続き注視が必要です。

2026年全体のトレンド(総まとめ)

非法的側面:「法的に問題がない」で話は終わらない

法的側面を踏まえていたとしても、リスクはゼロというわけではありません。生成AIそのものに含まれるバイアス、ハルシネーション、誤情報・悪用のリスクに加え、生成AIへの依存構造がうむリスクや、内容の薄い資料の大量生産(ワークスロップ)といった課題があります。そして何より、これらを踏まえて、生成AIに対する感情・思想に基づく批判にさらされるリスク、いわゆる炎上リスクがあります。

特に広告領域において最も気になるのがこの炎上リスクですが、「どうすれば炎上するか、しないか」という明確な基準はありません。ただ、一つだけ確実なのは、「法的に問題がない」で話が終わることは絶対にないということです。反対派は、その「法」自体に問題があり、追い付いておらず、まさに議論の過程にあると考えているからです。他方で、AI活用に積極的な企業は、批判的コメントの影響を適切に見極め、あらかじめ織り込んで使用を続けているとみられます。

残念ながら世界は完全に分断しています。私たちも含め、誰もが自らのフィルターバブルの中にいます。米国では国防総省でのAI活用をめぐりAnthropicと政府の対立が深まるなど、AIが政治的イデオロギーとも強く結びつき始めており、米欧の若年層ではAIそのものに対する反発意識が高まっています。どちらの立場に対しても想像力を働かせることが重要です。

ただし、ポジティブな側面もあります。クリエイターや創作物に関係する用途、AI不使用と偽る詐欺行為、海賊版などの違法行為、質の悪いコンテンツの大量生産、意思表示の無視といった「NGライン」が明確化されてきました。明文化されたガイドラインというより、「この状況を理解し、お互いにリスペクトがあるか、一線を踏み越えないか」が見られている状況であり、リスペクトをもって住み分けていく姿勢が求められています。

まとめと全体のトレンド

広告会社とAIガバナンス

マーケティング業界は必然的に多様な顧客を抱えるため、ルールを一元化しにくいという特徴があります。自社のガイドラインに従えばよいのではなく、顧客単位・契約単位でレギュレーションは大きく異なり、極めて保守的なクライアントがいる一方で、テック企業もまた顧客になりえます。また、雇用や環境問題など社会への影響も包括的に考える責任があります。

そして近時、クライアントからのAIガバナンスに関する視線が強まっています。どのような体制で、どのようなルールを敷いているかがピッチのプロセスの中で審査されるようになっており、単なるネガティブチェックではなく、変化に対応する力=競争力として見られ、収益にも影響を与え始めています。

こうした状況への対処として、勉強会では次の点をお伝えしました。

第一に、AIガバナンスは「テクノロジー・法務・社会」の三種目に継続して取り組むトライアスロンのようなものであり、特定の部署に委ねるのではなく、専門性を持ち寄り学び合う協力的姿勢が大事です。空白地帯をつくるくらいなら、お互いに領域侵犯するべきです。

第二に、ガバナンス「だけ」ではバランスが悪く、競争力をそぐわけにはいきません。外部委託という選択肢もありますが、現場目線がないと安全側に倒れ続けてしまうため、いずれは内部で少なくとも一次判断ができるようになる必要があり、戦略的な人材育成が欠かせません。

第三に、AIガバナンスの経営アジェンダ化です。欧米を中心に広がる「AIガバナンスは競争力」という潮流は、日本にも来る可能性があります。

第四に、現場との良好な関係です。敵対的な関係はシャドーAIの引き金になります。現場の実質的なリーダーを巻き込み、ニーズを先回りし、変わり続ける状況の中で「前言撤回」が許される関係を築くことが必要です。

そして「よくわからない」が最も危険です。わからないものをそのままにせず、各部署がお互いの境界を踏み越えて理解していくことが重要です。

おわりに

世界の目線で見ると、日本には、米国・中国との距離感、比較的ルーズな法律、比較的楽観的な社会、そしてコンテンツへのこだわり力という特異性があります。これらを追い風にして「AI使いこなし先進国」になれば、世界をリードする、あるいは唯一性を確立することができるはずです。

ガバナンスを学びつづけ、進化しつづけ、現場を加速させていきたいと考えています。勉強会にお招きいただき、ありがとうございました。

※本記事は、2026年9月に実施した講義の内容を要約・編集したものです。講義当時の情報や認識に基づいているため、最新の法令、判例、実務上の取扱い等とは異なる場合があります。
また、本記事は法解釈について厳密な検証を経たものではなく、記載内容の正確性、完全性及び特定の事案への適用可能性を保証するものではありません。具体的な法的判断にあたっては、必要に応じて法律専門家にご確認ください。

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